カープを“応援で動かす”人たち

この記事は2026年6月25日に作成および更新したものです。
おでかけやご利用の際は公式サイト等で最新情報を確認してください。
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鳴り止まないトランペット、揃う手拍子。
スタンドを真っ赤に染めるカープの応援。
その応援の輪を支える私設応援団の一つが
「全国緋鯉会連合」だ。

彼らはなぜここまで熱くなれるのか。
東京緋鯉会会長の根本情矢さんに、
その活動と思いを聞いた。


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143試合、
途切れない応援


全国緋鯉会連合は、総本部、東京、名古屋、関西、広島の各支部で構成される私設応援団で、会員数は現在約65名。発足から約40年、全国のカープ戦の年間143試合すべてで応援を続けている。私設応援団は、日本野球機構(NPB)へ登録申請を行い、特別応援許可を受けた団体のみ活動することができる。外から見れば、スタンドで旗を振り、太鼓を叩いている謎の集団に見えるかもしれないが、その中には驚くほどしっかりとした組織が存在する。会員の半数は広島県外の出身者だという。

「カープが好きなのはもちろんですが、カープのあの熱い応援に憧れて入会する人が多いんです」と根本さん。会員は、リード、トランペット、旗振り、太鼓などを分担する。中でもリードの役割は、試合展開や点差を見ながらコールや応援歌のタイミングなどの指示を出し、観客をまとめ応援を一体化させる重要な存在である。

10代から60代まで幅広い世代が所属しているが、特に20代の若い世代が活動を支えている。


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私たちの応援で、
球場の空気を変えたい


試合当日は、トランペットや太鼓、応援旗の準備から始まる。新しい応援歌やコールの確認を行い、万全の態勢でスタンドに立つ。一番大変なのは暑さとの戦いだという。遠征先で雨天中止になることもあるが、「そんな時は地元メンバーと食事をして気持ちを切り替え、次の日の応援につなげます」と笑う。

しかし、彼らの真価が表れるのは敗戦の後だ。「負けた時は、選手が悪かったとは考えません。自分たちの応援でもっと球場の空気を変えられたのではなかったかと反省するんです」。その言葉に、応援団としての誇りがにじむ。


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勝っても負けても、
応援をやめない


勝っても負けても応援を続ける原動力は、ただ一つ。「カープと一緒に戦いたい」。そして仕事や家庭を持ちながらも143試合途切れることなく応援を続けるのは、「私たちの応援で球場の空気を変えたい、選手の背中を推したい」という強い思いがあるからだ。

「広島の街とチームが一体となった熱さは、他球団にはない魅力です」。広島に縁もゆかりもなかった根本さんをも惹きつけたカープ愛。その熱量はスタンドだけでなく、人と人をつなぎ、全国に仲間を生み出している。

最後に読者へこんなメッセージを送ってくれた。
「ぜひパフォーマンス席に足を運び、一緒に声を出して応援してください。その一体感を体感してほしいですね」






勝っても負けても、声は止まらない。
スタンドには、もう一つの
戦うチームがある。
Fight Together
あなたはここまで熱くなれるものがありますか?
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※本記事で紹介する団体は球団公認の公式組織ではなくファンによる私設応援団です。

\全国緋鯉会連合の活動や応援の様子を配信/
(入会に関するお問い合わせはこちらから)

「応援が、人生の真ん中にきた日」
〜応援は趣味じゃない生き方だ!〜

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《1》応援団に入ったきっかけは?
小学生の頃から、トランペットに憧れてカープの応援団に入ることが夢でした。高校3年の時にSNSで連絡し、大学1年の時に入会しました。

《2》仕事・家庭との関係?
学生ということもあって、学業を優先させていただいています。家族にも活動を支えていただいています。

《3》正直「しんどい」と思った瞬間は?
太鼓を叩いている時に、リードの方の意図にうまく合わせられなかったり、自分のミスで応援団や観客の方を戸惑わせてしまった時は、申し訳ない気持ちになります。

《4》それでも続けている理由は?
勝利を信じてみんなが一丸となり、選手を後押ししながら球場の雰囲気をつくることに全力をそそげる時間が好きだからです。

《5》一番印象に残っている試合は?
2024年3月1日、倉敷でのオープン戦です。初めてのマツダスタジアム以外の球場での活動であったこと、初めて太鼓を叩かせていただいたことなど、多くの経験をさせていただいたので印象に残っています。

《6》応援が人生に与えた影響は?
もともと人前に立ったり、自分の気持ちを伝えたりすることが苦手でしたが、活動を通して少しずつ成長できていると感じています。応援団の皆さんには感謝しています。

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《1》応援団に入ったきっかけは?
緋鯉会の先輩のトランペットの音色に憧れて、中学から楽器を買って練習して、高校2年生の時に球場で声をかけて入りました。

《2》仕事・家庭との関係?
隔日勤務のある業種で、かつシフトも自由に組めるため、仕事も応援も両立して打ち込めています。両親も自分が応援団に入ってから球場で観戦するようになりました。

《3》正直「しんどい」と思った瞬間は?
連戦中や、長時間にわたる試合など、体力の消耗が激しい時もあります。

《4》それでも続けている理由は?
どんな試合でも諦めずに最後まで全力で応援し続け、その結果が勝ちに繋がった時の喜びが非常に大きいからです。

《5》一番印象に残っている試合は?
2026年3月27日、自分がリードを担当した延長10回にて、自分と同い年であるルーキーの勝田選手がサヨナラタイムリーを放った、今年の開幕戦です。

《6》応援が人生に与えた影響は?
学生時代から年齢の離れた団員と接する機会が多く、交友の幅が広がりました。さまざまな考え方に触れることで社会勉強にもなっています。よりよい応援を作るために、仲間と考え、切磋琢磨する時間が好きです。

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《1》応援団に入ったきっかけは?
中学2年生の頃、ナゴヤ球場にてスカウトを受けて入団。

《2》仕事・家庭との関係?
嫁はカープファンではなかったですが、少しカープのことを知ってくれるようになった。息子はテレビがついていると選手名を言えるようになってきており家庭でもカープの話がでる日々。

《3》正直「しんどい」と思った瞬間は?
カープファンの先陣となって統率するなかで球場の雰囲気を盛り下げる応援をしてしまった時。

《4》それでも続けている理由は?
応援団として一緒に応援した仲間と優勝の喜びをもう一度味わいたいから。

《5》一番印象に残っている試合は?
2013年9月25日、カープが初めてcs進出を決めた試合。

《6》応援が人生に与えた影響は?
応援活動を通じて、礼儀や言葉遣いなど、人として大切なことをたくさん教えてもらいました。学生時代から活動していた自分にとって、その経験は社会人になる前の大切な学びになり、今でも仕事や人との関わりの中で活きていると感じています。

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《1》応援団に入ったきっかけは?
就職先が甲子園の近くに決まり、以前から憧れていたこともありSNSで連絡して入会しました。

《2》仕事・家庭との関係?
有給休暇やフレックス制度を活用し、仕事と両立しながら活動しています。家族もカープファンなので応援してくれています。実家が広島にあるため、マツダスタジアムにも行きやすい環境です。

《3》正直「しんどい」と思った瞬間は?
自分が応援に参加した試合で負けが続き、月に1回ほどしか勝てなかったときです。

《4》それでも続けている理由は?
勝った瞬間、応援の中心にいられることに幸せを感じるからです。また、信頼できる仲間がたくさんいて、他では味わえない熱さがあるからです。

《5》一番印象に残っている試合は?
2024年8月14日、菊池選手のサヨナラホームランで、応援団として初めてサヨナラ勝ちを経験した試合です。

《6》応援が人生に与えた影響は?
ここでしか出会えない仲間がたくさんできたことです。応援だけでなく、普段から気の合う仲間として繋がることができています。また、仲間と一緒に勝利を分かち合う喜びを知ることができました。

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※はたじょとは、働く女性ならではのリアルで感度の高い声を活かして、アンケートや体験レポート、モニタリングなどに積極的に参加してくれる女性が集うトマトコーポレーション読者限定のメンバー組織です。


他県から広島に越してきましたが、今ではカープの応援歌を熱唱できるまでになりました。カープ好きの友人の結婚式はカープ一色で、2次会はカープのユニフォームを着て盛り上がりました!

(ゆーみん)




横浜でもカープの赤い帽子をかぶってます!周りはベイスターズの青色ですが、なぜか一体感があります。

(canal)




年に何回かは球場を訪れます。そして声の限りの声援を送ります(相当うるさいおばさまたちです)何年か前ですが、7試合観戦し全て勝ち試合。勝利の女神だと自負してましたが、あの頃のカープが懐かしいです。

(虎太郎ママ)




大学生の時、試合の度に親友とあえてガチ応援団がいらっしゃるスタンド席を選んで観戦に行ってました。点が入れば隣・前・後ろの人と大盛り上がり。廣瀬選手が大好きで、ユニフォームの背番号とローマ字の名前の上に自分でスパンコールを縫い付けて、ギラッギラの背中で応援していた事も良い思い出です。

(yu)




球場に数回行けばいいところですが、TV等を通してシーズン中、勝っても負けても元気をもらうサプリのようなものです。若鯉をどんどん起用してほしい気持ちと同時に連勝した時からのメンバーの起用も楽しみですね。會澤さんも出してください。

(ちいちゃん)




私の父は「カープが優勝したら禁煙する!」と宣言。直後に初優勝し、父が本当に禁煙した(それ以後、吸っていない)ので、カープ愛で過ごしていた父が忘れられません。私は「江夏の21球」が忘れられません。

(まりあのり)




我が家は昔からカープファン。小さい頃から、カープにはお金では計れない大切なものがあると感じていました。選手だけでなく応援団やファン、そして街全体がチームを支える姿は、まるで高校野球のような温かさと一体感があり、そこが大好きです。

(O)