脳科学と仏教から導き出す 令和の『幸福論』

2022_04_令和の幸福論

コロナ禍により状況は一変し、
これまで経験したことのない
不自由な生活を余儀なくされました。
不安や焦り、様々なジレンマの中でストレスを抱え、
息苦しさを感じている人も大勢いるのではないでしょうか。
気軽に会いたい人と会えない、買い物にも神経を使う。
そんな中、心を軽くし幸せに近づくための
ヒントを探してみませんか?


脳とココロ、幸せの法則

広島大学に、ネガティブからポジティブまでの
感性の脳科学を研究する世界でオンリーワンの拠点
「脳・こころ・感性科学研究(BMK)センター」があります。
今回は、山脇成人特任教授にお話を伺いました。


山脇成人さん


ストレスによる脳機能の変化

長引くコロナ禍で、普段ストレスを感じない人までストレスを感じやすい環境になっています。慢性のストレスは感情や内臓機能の調節を司る脳の「島皮質(大脳皮質の一領域)」の制御不全を引き起こし、憂うつや意欲低下、不眠や食欲不振などのうつ病の発症リスクを増加させます。コロナ禍のストレスはコミュニケーションが取れない心理的なものから外出できない身体的なものまで影響も広く、また今後の予測も困難であるため、本来であればストレスに適応して乗り越えていく仕組みが、長期間によるストレスで耐えきれなくなるのです。
広島大学の研究チームによる脳の機能活動を調べる機能的MRIを用いた研究では、うつ病では、快を予測する時に活動するポジティブ神経回路の「左前頭前野」や「線条体」の機能が低下していることが明らかになりました。一方で、不安や恐怖に関わる「扁桃体」やくよくよと過去に囚われる「後帯状回」などネガティブ神経回路の働きは高まります。つまり快を予測するポジティブ機能は低下し、不快を予測するネガティブ機能が優位になってしまっているのです。
また、うつ病はこれまで遺伝的要因の強いものとされてきましたが、最近では心理的・身体的ストレスによるうつ病の方が増加しており、誰にでも起こりうるこころの病です。


脳科学に基づく、ストレス処理の方法

ストレス処理には、自分で実践できる方法もあります。それがマインドフルネスと言われる瞑想や坐禅、ヨガなどです。このメカニズムは不明でしたが、自分の内臓感覚(呼吸・脈拍)へ意識を集中させることで、「島皮質」と「左前頭前野」の活動を上昇させ、うつ病では過活動となっている「後帯状回」などのネガティブ感情の神経活動を抑制することが分かってきました。大事なのは、過去に起きたことをくよくよせず、自分の内臓感覚に集中することで、今を大切に過ごし、本来持っているポジティブ感情を引き出してストレスを乗り切るという方法です。


ニューロフィードバック技術は、うつ病の新しい治療法・予防法

ストレス処理の脳科学に基づく方法として現在当センターが研究を進めているのが、「ニューロフィードバック技術」です。これは、うつ病で活動が低下する「左前頭前野」の動きをリアルタイムでグラフに反映させ、それを可視化させたもの、つまり自分の脳の状態を画面で見えるようにしたものです。グラフを見ながら、楽しかった思い出や好きな音楽、可愛いペットなどのことを考えるトレーニングを重ねることによって、低下した脳活動を活性化させるなど、患者さん自身が脳の状態をコントロールできます。今後は装置を小型化させ、患者さんが身近なクリニックで、あるいはご家庭で、ニューロフィードバック技術を用いたうつ病治療や予防ができるよう研究を進めています。また、言語の壁や世代を越えて感動や癒し効果のある音楽を使った研究も進行中です。
情報が多すぎて自分自身と向き合う時間が取れない現代人にとって、ストレス改善、うつ予防の一助となることが当センターのミッションです。


ニューロフィードバックのイメージ


経験は脳にとってパワーに

脳の機能は加齢によって衰えてきますが、それまでに経験した知識・情報を全てインプットしているので、若い頃とは異なるパワーがあります。ポジティブな回路活動を上昇させるにも、経験が多ければ多いほどそこに至る選択肢は増えるのです。衰えを補うにもリハビリと同様、自分の脳状態を理解し、新しい自己発見を続けていくことが大切だと考えます。
うつ病には環境的要因も関わってくることは述べましたが、環境的要因ということは自分でコントロールできるということです。後記のようなストレス予防法を参考に、ぜひ前向きな思考でコロナ禍を乗り越えていきましょう


脳の断面図


▼ 脳機能を意識した『ストレス予防法』

内臓感覚の調節機能をもつ【島皮質】の適切化のために
規則正しい生活リズムを守る
バランスの取れた食事で脳に栄養を与える
適度な運動で脳を活性化する
睡眠を十分とって脳を休息させる

【扁桃体・後帯状回】のネガティブ回路活動を低下させる
テレビやネットから離れて、悪い情報に振り回されない
些細なことにこだわらない
人に嫉妬したり、恨んだりしない

【左前頭前野・線条体】のポジティブ回路活動を上昇させる
よい出来事に目を向けて、希望を持つ
小さな目標を決めて、達成感を大切にする
芸術にふれる、好奇心を持ち続ける

自己発見による脳の活性化
例えば散歩ルートを普段歩かない道に変えると「こんな物があったのか」と新しい発見につながります。ただ、散歩ルートを変えることが重要なのではなく、大切なのは自分の中に新たな気付きを促していくことです。

音楽で感情をポジティブに
ひとつの手法として音楽があります。特に懐メロは自分の古き良き時代を思い返すことができます。自然音にふれることもおすすめです。自然の音の中には超高周波が含まれ、癒し効果があるとされています。






仏教が説く「幸せ」

日々に悩み、人生の進み方がわからなくなった時
私たちの心を支えてくれるものの一つが仏教の教えです。
今回は、臨済宗妙心寺派・観音寺の
木村宗凰住職にお話を伺いました。


木村宗凰さん


苦しいのはこの世のすべてが
無常であることを忘れているから。
幸せはすでに自分自身の中にあります。


全ての存在・物事は、無常・無我・苦である

あらゆるものは無常(諸行無常)であるのに常であるとし、あらゆるものは無我(諸法非我)であるのに我であるとし、あらゆるものは苦(一切皆苦)であるのに楽であるとする。これらの妄想を抱いていることによって人は苦しみます。だからお釈迦さまは、この世は無常・無我・苦であるということを常に心にとどめておくことが肝心であると仰っています。
人が「これは我がもの」と考えるものは、その人の死によって失われます。自分が持っていたものがなくなると誰しも生きづらさを感じると思いますが、そもそも「我がもの」という観念に向かってはならないのです。禅では、何気ない1日を過ごせることがありがたいと考えます。コロナ禍だからこそ、本当に大事なものがわかってくると思いますし、これまで大事だと思っていたものは本当に大事なものではなかったと気づくかもしれません。まずは、楽しいと思っている生活はずっと楽しいままではないと知りましょう。


苦しみから、安らいだ心になるために

生きていくことには苦しみが伴う。それを忘れないことが大前提です。経典には「世の中における種々様々な苦しみは、執着を縁として生起する」「諸々の執着は欲求を縁として起こる」とあります。また他にも「この舟(自分自身)から水(誤った思考)を汲み出せ。汝が水を汲み出したならば、舟は軽やかにやすやすと進むであろう。貪(むさぼ)りと怒りとを断ったならば、汝はニルヴァーナ(心が安らかになった境地)におもむくであろう」と記されています。
私たちの日常、私たちの身の回りには実にいろんな情報があり、それらに振り回されることによって欲が出てしまい、欲が出ると、人のことを妬んだり、怒りを感じたりします。欲に流されず自分の心をととのえることが大切です。「人のしたこと、あるいはしなかったことは見るな。自分のしたこと、あるいはしなかったことを見よ」ということです。人生は思いどおりにいかないのですから、ありのままを受け止めることが心の安らぎにつながるでしょう。


逆境の今を、よりよく生きるために

自分だけで立ち上がるのが難しい時は、同じような境遇の方と前向きな話をしてみてください。それは近くのお寺さんでもいいと思います。思いを吐き出すだけで気持ちは整理されます。心が落ち着いてからその人なりの解決策を見つけていけばいいのです。
コロナ前に戻りたいと思ってしまいがちですが、世は諸行無常です。体が健康である、家族がいる、それ自体が幸せなことであると気付きましょう。幸せはすでに自分自身の中にあるのです。「妄執(もうしゅう)を離れ、過去にこだわることなく、現在においてもくよくよと思いめぐらすことがないならば、かれは未来に関しても特に思い患うことがない」。今は逆境の時でも、いつか順境の時が来ます。あまり考えすぎず、自分のできることを頑張っていきましょう。


「坐禅」の数息観で〝何も考えない時間〟を作る

坐禅を組むことで悟りを開いたお釈迦様や達磨大師。このため禅宗では坐禅を重視しています。近年はこの坐禅にも注目が集まり、佐伯区の分院で月に一度行っている坐禅会には呉や山口からの参加者もいらっしゃいます。
坐禅は密接に関係する心と体、呼吸を整える修行法で、忙しくあれこれ考えがちな現代人にこそおすすめのリフレッシュ法と言えます。何も考えない時間を作るため心が落ち着き、この落ち着きは坐禅以外の日常生活にもつながってきます。
そして、何も考えない時間を作るために大切なのが呼吸法です。数息観(すそくかん)という方法で、1〜10の呼吸の数を心の中で数えます。「ひと〜」でできるだけ長く深く息を吐き、「つ」で息を吸います。次に「ふた〜」で長く深く吐き、「つ」で吸います。この1〜10を坐禅中は繰り返すのです。下腹の辺りまで息を吐き切るのもポイントです。
坐禅と聞くと難しいイメージを持たれる方もいらっしゃいますが、幅広い世代が参加されていますので、気軽に体験してみてください。


坐禅

▼ 坐禅会

日時
毎月第2土曜 14:00〜15:30(8月はお盆のため休み)
場所
観音寺(広島市佐伯区坪井町736)
対象
老若男女問わず、どなたでも参加可能
服装
ジャージなど坐禅しやすい服装
会費
無料
坐禅会の流れ
13:30 初心者講習(初参加者のみ)→14:00 坐禅会 開始
(般若心経・坐禅和讃 勤行→坐禅→休憩→坐禅→四弘誓願 勤行)
15:15 茶話会→15:30 解散
お問い合わせ
tel.082-924-1340 or tel.082-251-5760
※初心者参加の場合、要事前連絡の上30分前に集合


心に留めたい禅の言葉

悲しみも人生の味わい
日々是好日
(にちにちこれこうにち)
唐末期の禅僧、雲門文偃が生き方について弟子に話した言葉。人生には順境の時も逆境の時もあるが、喜びを求めて悲しみを嫌うのではなく、すべてを人生の味わいであると受け止めていくという禅の生き方を示した。毎日が人生最良の日。
高みに引き上げる風
歩々起清風
(ほほせいふうをおこす)
鎌倉時代の禅僧、南浦紹明の言葉。心に思いわずらうことがなければ、その人はいたるところで清々しいという、悟った人の心境を示す言葉。無心に頑張っている人からは清々しさを感じるように、自分自身も清風を起こす生き方を目指したい。
共に手を取り合う
把手共行
(はしゅきょうこう)
宋の禅僧、無門慧開の言葉。悟りを開けばお釈迦様や達磨大師のような方と手に手をとって共に行き、同じ眼で見、同じ耳で聞くことができるという意味。皆で手をとりあい人生の苦楽を共に乗り越えていくことの素晴らしさを表した言葉。
自分自身を見つめ直す
照顧脚下
(しょうこきゃっか)
鎌倉時代の禅僧、孤峰覚明が「禅の極意は何か」と問われて答えた言葉。禅の極意は自分から遠いところにあるのではなく、自分の脚下にある。自分の日常生活の一つ一つの中にある。外に向かって求めずに、自分に向かって求めよという意味。
無事とは外に求めないこと
無事是貴人
(ぶじこれきにん)
唐の禅僧、臨済義玄の言葉。無事とは外に求める心が無くなること。自分自身の中に仏と変わらぬ安らかな心があるのに外に求めようとしている。外に求める心が無くなり、日常の自分のなすべきことを当たり前に行える人が仏であるという意味。
重荷をおろして軽やかに
下載清風
(あさいのせいふう)
禅の語録「碧巌録」に出てくる、宋の禅僧、雪竇重顕の言葉。沢山の荷物を積んで長江を上り港に入った船が、積荷を下ろして軽くなり、風を帆に受けて長江を下っていく様子を表し、妄想や執着から解放された清々しい心境を示している。
成長は苦難の先に
耐雪梅花麗
(ゆきにたえてばいかうるわし)
島津家の菩提寺で禅の修行につとめた西郷隆盛が甥に贈った言葉。梅の花は厳しい冬の寒さに耐え忍び乗り越えるからこそ、春に麗しい花を咲かせる。人間も多くの苦難を乗り越えてこそ、素晴らしい人物になるという意味。
他人と比較したりしない
莫妄想
(まくもうぞう)
唐の禅僧、無業和尚の言葉。妄想は、くよくよ考えたり誤った思いをすること。過去のことをいつまでも後悔したり、未来のわからないことを不安に思ったり、他人と比較して自分を不満に思ったりせず、今自分がなすべきことをしっかりなせと示す。